2015年4月26日日曜日

大寺山

2015年4月下旬の土曜日、奥多摩の大寺山に向かいました。
前から気になっていた山でした。雪融け後のこの時季、訪れました。天気予報は晴れ後曇りでした。
朝の奥多摩駅は大勢のお客さんで騒然としていました。西東京バスはそこに有るバスを総動員して、乗客を搬送していました。始めはぎゅうぎゅうのバスでしたが、奥多摩湖畔を走る頃、座れました。
9時25分頃、深山橋バス停に着き、下車しました。ここで下車したのは私だけでした。深山橋を渡りました。
陣屋というそば屋の裏へ回りました。そこに登山口が有ります。しばらく急登でした。私は登山靴は履いていました。登山靴が必要だと思います。
やや緩やかになった頃、振り返ると、深山橋や奥多摩湖の良い景色が見えました。ところどころ緩やかでしたが、全般的にきつい登りでした。
ようやく頂上が見えてきました。いわゆるインドのような仏舎利塔の異様な風景が見えてきました。標高960mの大寺山の頂上に着きました。
大寺山は東京都の奥多摩町と山梨県の丹波山村、小菅村の境界上に位置しています。
今は有りませんが、ここには以前にお寺が有ったそうです。
この仏舎利塔は昭和49年(1974年)に完成したそうで、「東京奥多摩仏舎利塔」というものだそうです。日蓮宗系新興宗教である日本山妙法寺の藤井日達上人発願によるもので、建築家大岡實氏の設計によるものだそうです。仏舎利塔の高さが36mだそうで、かなり大きなものです。仏舎利塔の4方向に金色の仏像が有ります。浄財10円を納めました。ちょっと損傷していましたが、仏舎利塔の説明板が有りました。
東京の水瓶 奥多摩湖が眼下に有ります。お釈迦様のお慈悲がこの水源にしみ入ることが願われていました。
傍らにお墓が有り、藤井日達上人のお墓の1つだそうです。
山の最高点らしき箇所は貯水槽のようなものの跡となっていました。
大寺山だけ登り、来た道を下山するのが、良いと思います。
この後、標高1288mの鹿倉山に行こうとしました。途中、大マトイ山という標高1178mの箇所を通り過ぎました。
山の上のはずですが、砂利の幅広の林道のような道になりました。木が少なくなっており、赤松1本と白樺が生えたちょっと不思議な感じの風景でした。標高1254mのピークに着きました。
ここを鹿倉山と勘違いし、ここで道を間違えました。
尾根筋を急降下しました。しばらく所々にテープの目印が有り、標高1109mのピークの目印が有りました。この後、道が分からなくなりました。雨が降り始めました。でも、鹿倉山を勘違いしていたことに気付いていませんでした。この先道が有るはずと思い、谷へ下りました。
雷雨になってしまいました。かなり近くに落雷していました。木の近くは危険なはずですが、周囲は木ばっかり。木は無数に有り、私の近くには落ちないと考えました。かなり恐かったですが、そのまま歩きました。高い木は避けながら。
足元の踏ん張りが利かず、ずりずり滑りながら、下りました。アリ地獄のような谷でした。
わさび田の跡が有りました。人の痕跡だと思い、そのまま下りました。
沢が太くなり、ちょっとした滝に出ました。その滝の段差2mくらいの箇所で滑り落ちました。岩に落ちていたら、終わっていたと思います。水に落ちたので、体はほとんど無傷でした。水に一瞬浸かりました。濡れたのは一瞬でしたが、荷物が全て濡れてしまいました。
すぐに大きな川に出ました。多摩川と奥多摩湖の上流の丹波川です。
このときもまだ、鹿倉山の勘違いに気付いていませんでした。でも、地図に有る道が全く見付かりませんでした。脱出の行き先が分からず、遭難したと認識しました。暗くなり始めました。
水没し、濡れていましたが、携帯電話(ガラケー)が動きました。電池が余裕有り、電波もキャッチしていました。丹波山村役場と110番に電話し、遭難したことを告げました。
丹波川沿いで、頭上には国道の青梅街道が通っています。青梅街道の街灯が見え、ときどき車の音が聞こえました。分かりやすい場所と思っていましたが。私の鹿倉山の勘違いのせいで、私の捜索が困難となってしまいました。
パトカーのサイレン音と携帯電話を併用することで、私の場所を見出してもらいました。
下ってきた谷のことを考えると、脱出には丹波川しか無いと思うようになりました。
救助隊に発見してもらえたとき、24時近くでした。ここの丹波川はあまり深くないようで、この下流に滝等はほとんど無いそうです。救助隊に補助されながら、普段着でしたが、このまま丹波川を渡渉しました。丹波川は雪融け水ではないので、あまり冷たくありませんでした。
丹波川の北側の急斜面を登りました。この辺りは川と青梅街道の高低差が約100m有るそうで、高低差が最も有る箇所だったようです。それでも登りやすいという所を登りました。
私の携帯電話は電池切れのときが多く、今回十分に使えたのは奇跡的なことでした。携帯電話が使えなければ、私は発見されることは無く、助からなかったでしょう。散策用の装備もまずかった。
大寺山と鹿倉山は小学生も登る山で、ハイキングコースだそうです。でも、私が下ってしまった谷は「地獄谷」だそうです。ここを下ったら、普通は助からない。死ぬルートだったようです。
かなりひどい試練でしたが、助かりました。仏舎利塔のご加護だと思い、感謝しました。














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