2016年9月10日土曜日

熊野路のお寿司

徐福寿司 駅前店 (新宮 / 寿司、郷土料理(その他))
2016年9月の土曜日、熊野古道の観光に出掛けました。大阪よりJRの特急で新宮へ行きました。新宮で弁当を買おうと決めていました。
お昼、新宮に着きました。駅に駅弁屋は無いようです。駅を出て、辺りを見渡すと、この寿司屋が見付かりました。
寄ってみると、持ち帰り用の棒寿司が有りました。めはり寿司はシーズンじゃないようで、有りませんでした。「さんまの姿寿司」650円を買いました。
店名が「徐福」で、ギョッとしました。寿司屋らしくなくて。神話の時代の人物です。調べたら、このお店の住所は新宮ですが、新宮駅は徐福2丁目に位置しています。この辺りの地名が徐福となっているのですね。熊野路にも徐福伝説が有るようです。
旅行中のベンチでこのお寿司を食べました。醤油が付いていましたが、使いませんでした。
少し硬さが有るサンマが良かった。アブラは少なく、スリムで、ヘルシーなサンマ。骨が全て取り除かれていました。シメサンマ、プロの仕事ですね。姿寿司の頭とシッポは残しました。爽やかなサンマでした。
ご飯もおいしかった。
旅行中の贅沢。おいしかった。


大阪の車窓から

エーワンベーカリー 天王寺店 (天王寺、天王寺駅前、大阪阿部野橋 / パン、サンドイッチ、ケーキ)
観光の旅行で、天王寺を通り掛かりました。JRの特急に乗る前、天王寺駅でのんびりしていました。2016年9月の土曜日の朝でした。
JRのエキナカでこのベーカリーを見掛けました。寄ってみると、シュークリームが有りました。まだ、8時前。デパート等はどこも開いていない時刻。こんな早朝に洋生菓子が有るとは。
これは面白いと思い、1個160円+税のシュークリームを買いました。
JRの特急くろしお1号に乗り、古墳が多い大阪平野を南下しました。指定席に座り、シュークリームを食べました。車窓はのどかな景色でしたが、シュークリームは都会の味でした。おいしかった。
この特急、新宮まで3時間55分、長旅でした。

日本一のお寺

観光・遊ぶ > 寺・神社 四天王寺 (シテンノウジ)
この四天王寺に行くのは2度めでした。何か凄い力を感じ、魅力有るお寺だと思います。2016年9月、天王寺駅近くのホテルに宿泊しました。土曜日の朝、散策で四天王寺へ訪れました。
日本の古代、西暦587年に廃仏派の物部氏と尊仏派の蘇我氏が争う丁未(ていび)の乱が起きました。我が国の政権を争う乱です。このとき、蘇我氏側であった厩戸皇子(聖徳太子)が仏の加護を得ようと、四天王の像を作り、戦勝を祈願し、勝利すれば仏塔をつくり仏法の弘通(くづう)に努めると誓ったそうです。その後、蘇我氏、聖徳太子側が勝ちました。聖徳太子がその誓いの通り建立したお寺がこの四天王寺だそうです。物部氏の領地の一部が聖徳太子のものとなったとのこと。広大な四天王寺です。ここは物部氏の宮殿や政庁の跡だったのかもしれません。
日本に仏教を広めたのは蘇我氏と聖徳太子。その乱の勝利直後の建立のお寺がここ。ということで、四天王寺は日本の最初の仏教のお寺、日本仏教の総本山だろうと思います。
早朝なので、伽藍内部には入れませんでした。周囲を歩きました。
六時礼讃讃(らいさん)堂は開いており、お参りしました。六時礼讃は1日を6つに分け、それらの6つの時に礼拝をすることだそうです。朝の礼讃は8時だそうです。
六時礼讃堂の前に石舞台が有ります。同じような石舞台が近くの住吉大社にも有ります。古代からのものであり、建造するのがタイヘンだったと思います。木ではない石の舞台が何のためのものか私には分かりません。ミステリーだと思います。
四天王寺の伽藍は中門、五重塔、金堂、講堂が一直線状に並んでおり、原始的な配置であり、最初のお寺らしい。伽藍の外から五重塔等を眺めました。
広大な境内に空海先生、親鸞聖人、日蓮上人等のお堂や像等のモニュマンが有ります。各宗の宗祖の彼らもここ四天王寺では聖徳太子の弟子にあたります。
亀井堂の下では清らかな水が湧いています。大阪のこの辺りは井戸や湧水が多いそうです。
境内におじさん、おばさんがチラホラやってきました。ラジオを持ってきており、6時半よりラジオ体操をしていました。
有り難く長閑なお寺でした。
南大門の近くに熊野権現礼拝石が有ります。この後、私達は天王寺駅よりJR特急で熊野古道に向かいました。



駅近のホテル

アーベイ天王寺ホテル (アーベイテンノウジホテル)
最近、外国人観光客の来日増のため、ビジネスホテルが混雑気味で、値上がりしているようです。狭くて、夕食無しで、こんな部屋でこんな高いのと思うことが有ります。
また、「じゃらん」等の宿泊サイトで安くて便利な宿が見付かりにくくなっているように思います。高い宿ばかりが目立ちます。安くて良い宿を紹介しようというお客様本位ではなく、なるべくお客さんにお金を使わせて、じゃらんが儲けることを第1としているように感じました。
2016年9月、観光旅行に出掛けることにしました。大阪の天王寺駅辺りで宿を探しました。インターネットで「宿」を検索し、この「アーベイ天王寺ホテル」のホームページを見付けました。良さそうと思い、このホームページから予約しました。インターネットでの支払いはできませんでした。
金曜日の夜、天王寺駅近くの「あべちか」の地下街で夕食を食べました。
このホテルは駅のすぐ近く。すぐに見付かりました。カプセルホテルも有るホテルです。フロントの接客は好印象でした。フロントの機械で料金を支払いました。
私達は2人であり、スタンダードツインルームを利用しました。2人で1部屋1泊が12,600円でした。ミネラルウォーター1本のサービスが有りました。
普通の広さの部屋で、使いやすく、綺麗でした。窓からは隣のビルの階段のビューでした。
安くて、便利で、快適なホテルでした。


2016年9月9日金曜日

大阪の大手居酒屋

こがんこ あべちか店 (天王寺、天王寺駅前、大阪阿部野橋 / 寿司、居酒屋、魚介料理・海鮮料理)
観光旅行に出掛け、大阪へ行きました。天王寺で夕食となり、「あべちか」の地下街へ行きました。魚や肉の良さ気なお店は混雑していました。2016年9月の金曜日のPM8時頃でした。
この「こがんこ」というお店に入りました。よく有るような大手の居酒屋です。調べたら、「がんこフードサービス」という会社によるお店で、この会社のお店が関西に多数有るようです。
取り敢えず、穴子の天ぷらを注文しました。お造り盛り合わせ、湯葉と湯豆腐も注文しました。まず、湯葉と湯豆腐が出て、次に穴子の天ぷらが出ました。
天つゆが無くて、醤油を薦められました。醤油で食べると、なるほど、サクサクして、おいしかった。湯葉と湯豆腐のつゆが天つゆみたいなものだったので、これに浸して食べてみました。これでもおいしかった。関西は天つゆをあまり使わないのかな。
お造りが出るのが遅かった。新鮮な刺身で、今がシーズンのサンマの刺身も有りました。良いお造りでした。
串かつの盛り合わせも注文しました。フリッターではないちゃんとした串かつで、良かった。大阪名物もおいしく食べられました。
シメでサバの棒寿司を注文しました。巻かれた昆布は歯応えが有りました。サバは肉厚で、新鮮で、爽やかなサバでした。ずっしりご飯が詰まっており、ご飯もおいしかった。
ここは魚が得意な居酒屋だと思いました。味もコストパフォーマンスも東京のよく有る大手居酒屋より良いと思いました。大阪らしさも感じられました。
どれもおいしかった。

あべのみくすの銭湯

湯処 あべの橋
2016年9月9日(金)PM7時頃の入浴のことです。
観光で大阪へ行きました。大阪の銭湯に行ってみようと思いました。JR大阪環状線沿いの大通りをしばらく歩きました。地図を見ながら、歩いたのでスムースでした。
天王寺駅南側のこの辺りでは「都市再開発法」による「阿倍野地区第二種市街地再開発事業」が施行中です。施行者は大阪市。施行区域は約28ha。事業費は約5千億円。施設建築物は29棟、延べ面積は70万㎡超。事業期間は昭和51年度(1976年度)~平成29年度(2017年度)。道路が完成しておらず、今も事業中だそうです。壮大な歴史的な再開発です。この再開発区域外ですが、向かい側では「あべのハルカス」が2014年(平成26年)3月にオープン。60階建てで、高さ300m。現在、日本一高い超高層ビルです。
さて、この銭湯はこの再開発区域内の「あべのグラントゥール」の低層棟の1階に有ります。
エントランスはカラフルで、明るかった。家族連れのお客さんが来ていました。エントランスの下駄箱に靴をしまいました。入浴料は1人440円。東京都の共通料金460円よりちょっと安かった。脱衣所のロッカーは大きく、大きな荷物が入りました。
浴室はとても広大。温泉街のホテルの大浴場という感じ。洗い場は石が使われており、高級感有りました。シャンプー等は置いてありませんでした。
浴槽の一部が温泉で、よそから運んできた温泉でそうです。
ドライのサウナは別料金でしたが、スチームサウナが別料金無しで利用できました。お得な気分。
脱衣所と浴室にそれぞれテレビが有り、別々のチャンネルが映っていました。
スーパーな銭湯です。再開発での銭湯、都市開発の1つとして学ぶべきと思いました。ちょっとのんびり浸かり、温まりました。
アベノミクスとはあまり関係無さそう。

高野山ダッシュ

高野山奥の院 寺・神社
2016年9月の金曜日、観光で高野山へ行き、その最後、奥の院へ向かいました。
一の橋より歩き始めました。まさに聖域という感じです。無数の墓石、墓碑が立ち並んでいます。全国の武将達のお墓が有ります。それぞれ、本拠地にお墓が有り、ここのお墓は分骨のもののようです。織田信長公のは1つの小振りなお墓です。豊臣家の墓所は一段高い場所の広い区画です。大きな石が使われた巨大な墓塔がたくさん有ります。重機が無かったときにどうやって立てたのか、思いを馳せました。緩やかな下り上りの歩きやすい道です。途中に中の橋が有り、細い沢を渡りました。
綺麗な玉川に御廟橋が架かっています。ここからは撮影禁止でした。観光旅行なので、写真撮りたいなぁ。
奥の院の大きな建物が燈籠堂です。奥の院は拝観料が不要でした。お参りしました。
燈籠堂の奥が空海先生の霊廟だそうです。空海先生は今も生きていると考えている人が多いそうで、お墓と言ってよいか微妙です。
空海先生は承和2年旧暦3月21日(835年4月22日)に亡くなられたとされています。病死され、荼毘に付されたとの書が有るそうです。しかし、入定について諸説有るそうです。
「入定」とは土中の石室に篭り、閉じ込められ、断食しながら、鐘を鳴らし、読経し、やがて、生死の境を超えるというものです。体はさらに長時間を経て、ミイラ化し、人体がそのまま仏となる即身仏となるというものです。
空海先生の霊廟の中の様子は秘密であるため、一般には不明のままです。空海先生は今も奥の院の霊廟で禅定をされていると考えられています。
燈籠堂は地下に入れました。地下には無数の大小の燈籠が有ります。1つ1つに氏名が記されており、1つ1つが1人1人のものなのでしょう。
さて、帰りのバスの時刻まであと15分。「奥の院前」のバス停はどこでしょうか。御廟橋の近くでお寺の職員の方に訊いたら、的確に教えてくれました。
ロケット型のユニークなお墓等が有りますが、立ち止まらず、走りました。
無事、16:01発のバスに乗れました。
大阪から高野山への日帰りの観光でした。高野山の滞在時間は約4時間。ちょっと慌しい観光でした。お昼ご飯は食べられませんでした。ケーブルカーの高野山駅近くのお店で高野豆腐やゴマ豆腐の買い物をしました。
いちおう有り難い観光旅行だったと思います。