↑魚が入ったボールです。私はまだ、タコ焼きが綺麗にできません。
↑まず、厚切りベーコンを焼きました。冷凍していたニンジン、ジャガイモ、ネギ、ニンニクを加え、煮ました。味付けにpokka sapporoの粉末スープを入れたら、シチューのようになっちゃいました。15分くらいの調理時間でしたが、冷凍・解凍で、よく煮込んだシチューのようになり、おいしかったです。
↑冷凍の塩サバ、冷凍のアオリイカ、木綿豆腐を焼き、ケチャップ、醤油、味醂で味付けました。サバとイカは焼き過ぎず、豆腐は強めで焼きました。それぞれがおいしかったです。
↑油、小エビ、ご飯、紅生姜、白ゴマ、サラダチキン、胡椒、ふりかけを混ぜ、炒めました。卵無しでしたが、問題無いと思いました。
↑梨のラフランスと午後の紅茶を煮て、寒天粉を溶かし、固めました。紅茶と梨が合っており、おいしかったです。
2023年11月26日日曜日
11/26(日)のあき食
2023年11月25日土曜日
2023年11月22日水曜日
おいしかったけど
このお店を選んだのは私ではありません。平日の夜の同僚とのちょっと大勢での宴会の1次会で訪れましたが、この使い方はいけないと思いました。
店内が狭く、席が窮屈で、私も移動しにくかったし、店員さんもこっちに来てくれませんでした。何か取るのに、同僚にお願いしなければなりませんでした。
少人数での2次会の使用などが良いと思います。
料理とお酒はおいしかったです。
2023年11月19日日曜日
11/19(日)のあき食
↑鶏唐揚げはスーパーで買ったものです。ちょっとだけ焼いたホタテがおいしかったです。
↑カブとカブの茎を油とともに炒め、オレガノ、チューブのニンニク、缶詰のトマトを加え、煮て、コンソメ粉末で味付けました。牛乳を少々加えたら、溶けずに、ツブツブになっちゃいました。焼いた厚めのベーコン載せました。
↑牛肉に醤油を掛け、焼き、茶色のエノキを弱火で焼きました。牛乳、スライスチーズ、米粉、昆布茶粉末、本だし粉末、塩を混ぜたものを加熱し、とろみを付け、牛肉などに掛けました。ちょっと薄味で、焼き肉のタレを掛けたら、丁度良くおいしくなりました。(^^♪
↑米粉のパン作りにチャレンジしました。ぬるま湯に砂糖とドライイーストを溶かし、それを米粉に混ぜ、こねました。ぬるま湯で湯煎するように30℃を目安にそれを保温しました。しばらくして、それを丸め、油を付け、焼きました。原始時代のパンってこんな感じかな。塩を付けて、食べたら、おいしかったです。
↑牛乳にレトルトのこしあんを溶かし、塩を僅かに振っただけのものです。電子レンジで温めて、飲みました。温まりました。
2023年11月18日土曜日
相武台前から鳶尾山、八菅山へ
11/18(土)は、小田急線の相武台前から歩き始めました。
キャンプ座間の下を貫く新戸(しんど)相武台道路を歩きました。1937年(昭和12年)に旧日本陸軍が作ったものだそうです。
相模川を跨ぐ座架依(ざかえ)橋、中津川大橋を渡りました。本日の登山口が遠かった。神社やお寺へお参りし、午後1時頃、登り始めました。
標高234.1mの鳶尾山(とびおさん)の一等三角点は1882年(明治15年)に設置された最も古い三角点の1つだそうです。このときの相模野基線が基となって、今の日本地図が作られたということでしょうか。
一旦下って、八菅(はすが)神社の高い階段を上り、お参りしました。この辺りは修験道(しゅげんどう)の一大拠点だったそうです。
2023年11月12日日曜日
11/12(日)のあき食
↑グラタンはスーパーで買ったものです。焼いたホタテを載せました。グラタンで温まりました。
↑川越でサトイモを買っちゃいました。皮をむくのがタイヘンでした。油、サトイモ、水にチューブの生姜、醤油、味醂、昆布茶粉末、本だし粉末を加え、しばらく煮て、冷凍していた豚肉とネギを加えました。これも温かくて、おいしかったです。汁が良い味でした。
↑油を加熱し、鮭と木綿豆腐を焼き、豆乳、味噌、醤油、チューブの生姜、ラー油、山椒を加えました。寒い日は温かい豆腐がおいしい。
↑こしあん、水、塩、寒天粉を混ぜ、加熱し、白ゴマを振り、冷やしました。寒い日に不向きでしたが、おいしかったです。(^^♪
2023年11月11日土曜日
川越へ
川越は観光客で混雑しているとのことで、その周辺部を歩くことにしました。川越は台地の半島状の端部で、その周りをぐるっと新河岸川(しんがしがわ)が外堀のように囲んでいます。曇り空のちょっと寒かった11/11(土)は東武東上線の新河岸(しんがし)駅より歩き始めました。扇河岸跡、千波河岸跡の史跡を巡りました。昔、舟を繋ぐための棒のことを「かし」と言っていたそうです。
七五三で賑わっていた川越氷川神社へお参りし、新河岸川沿いを歩きました。この川の名は川越大火の後に作られた新しい河岸に因むそうです。
石原町(いしわらまち)から西へ行き、入間川を渡り、霞ヶ関駅をゴールとしました。